郷里の山国秩父二、明治17年(1884年)初冬、「秩父事件」と呼ばれる山村農民の蜂起があり、鎮台兵一コ中隊、憲兵三コ小隊が投入されるほどの大事件だった。
その中心は西谷(にしやつ)と呼ばれる山国西側の山間部。そこの椋神社に集まった約3,000の「借金農民」にはじまる。私には郷里の大事件として十分な関心があり、文章も書き、ときどき訪れることもあったのだが、その山峡はじつに静かだった。
その沢で出会う紅い沢蟹も。しかしその静けさが、かえってそのときの人々の興奮と熱気を、私に伝えて止まなかったのである。
(『早春展墓』)